名古屋高等裁判所 昭和42年(ネ)996号 判決 1971年2月12日
控訴人(原告) 国府宮工業株式会社
被控訴人(被告) 犬飼正男
原審 名古屋地方昭和三八年(ワ)第五四八号(昭和四二年一一月一八日判決)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。原判決添付別紙第一目録表示の意匠は第二一六六七一号登録意匠の権利範囲に属しないことを確認する。予備的請求として、控訴人が原判決添付別紙第一目録表示の意匠の製造販売について被控訴人の有する意匠登録第二一六六七一号の意匠権に対する先使用による通常実施権を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここに右記載を引用する
(控訴代理人の陣述)
一、意匠の考案は、形状模様色彩およびこれらの組合せから成るものより構成された審美的なもの、すなわち看者に特殊の趣味感を起させるものであるが、意匠的趣味感はこれら各要素より感得されるものではなく、全体として観察して感得されるものであるから、同一性の判断には意匠全体を通覧してなされなければならない。時には、意匠の構成において容易に考案し得る特別顕著性なき部分の有無又は当該意匠にかかる物品について一般に慣用される部分の有無は、その物品全体としての観察においても特別の意匠的趣味感を起させる要素とならない場合が多いから、原則としてこれら特別顕著性なき部分の有無および慣用される部分の有無はこれを参酌すべきでない(大判昭和八年二月二七日)とされ、また意匠の類否判断に関係のあるのは意匠として美観に寄与する点のみであつて、それ以外の作用効果に関する機構は多く顧慮する必要がないとせられている(東高昭和三七年六月二六日判決。)意匠を施すべき部分が物品によつて一定の場所に限定されるような物品に関する類否判断は、緻密な感情によるべきである(特許庁昭和三二年一一月二八日審判)ので、類否判断に当つては、物品全体の対比的観察を原則とするとしても、物品によつては要部観察すなわち看者の最も注意を惹く部分の対比をもつて判定されなければならない。
二、本件において、被控訴人の有する意匠権の物品と控訴人の製作する物品は、舞輪と称される産業機械であつて、その使用されるのは専ら工場内の織物機の部品として装着せられるものである。物品の胴部中央を貫徹するシヤフトを織機の軸受に乗せ、綛になつた糸を回転しながら一定の速度で巻きとらせるために使用される。従つてその形状は極めて制限された形態をとる。すなわち、スポーク部分は中心である軸から同一の長さをもつて放射線上に張らねばならないし、各スポークの間隔は同一とせられ、スポークには綛糸を受ける部分が設けられねばならない。軸と軸止めの存在を必要とし、胴には舞輪の安定と舞輪の急速なる停止の必要性のため、分銅をつるす溝を中央に設けねばならない。スポークの数はそれが竹であれば六本、針金であれば八本が最適とされ、針金の場合、加工の容易さから弾力を持たせるため中心に対しやや斜めに胴に付着せられることとなる。
あらゆる舞輪は、以上の形態を常套意匠として具有するものであり、それは昭和七年以来公知公用せられた慣行意匠であり(甲第一六号証の一第一四図B記載)、同時にそれはこの物品の作用効果に関する必須の機構である。これらの形状の一を欠いても本物品は舞輪として成立しない。
三、本件意匠の類否判断に当つては、当該物品中のかかる常套的慣用的部分並びに公知公用部分を捨象して決定した意匠的支配要素の対比によらなければならない。本件意匠においては、先行意匠との兼ね合いによつて意匠権の範囲は極めて限定せられたものとなつているので、本件意匠と類似意匠をみても、スポーク末端の糸かけ部分に波型の存しない事実、軸外板に何らの装飾のない事実が意匠範囲の狭さを物語つており、かかる意匠的環境の吟味が肝要である。
四、この見地から本件両意匠を対比するとき、意匠を施しうる場所はスポーク部分と胴部の外板部分となる。控訴人の意匠はスポークの綛糸受け部分に波型を設け、スポークの中央部にU字型の凹を設け、胴部外板に装飾を施したものである(検甲第一号証)。本部品において最も看者の注意を惹く部分は、スポークの形状特に綛糸受け波型部分であり、控訴人の意匠は中央部の凹部とともにダイナミツクな印象を与えるものである。他の特別顕著でない部分に類似点が存しても、それは捨象して考えねばならない。胴体のカシメ方式は、控訴人が昭和三五年末頃創作し当初から採用していたもので、当時の被控訴人方製品はすべてハンダで接着せられていたものである(比較せらるべきは検乙第一号証でなく検乙第三号証である)。
五、被控訴人は「考案の歩み」なるものを主張しているが、本件物品の構造は、簡易なる玩具にもその精巧度において劣るもので、また各部の作用効果も簡単に推し測れる度合のものである。もし考案の歩みなるものが必要であつたとすれば、それは基本設計の甘さにある。
(被控訴代理人の陳述)
一、控訴人は、本件意匠が公知公用の意匠である旨主張するが、かかる主張は特許庁における無効審判の対象たるべき問題である。本件はすでに登録されている被控訴人の意匠権の権利範囲に控訴人の意匠が属するか否かの問題であつて、公知公用の点は全く争点外のことである。
控訴人の舞輪の意匠が被控訴人の登録第二一六六七一号意匠権の権利範囲に属するか否かにつき、控訴人はすでに昭和三九年一〇月二八日特許庁に対して被控訴人を相手方としてその権利範囲に属しないことの判定を求めたが、これに対して特許庁は、昭和四一年一〇月三一日右判定の請求は成立たない旨の判定をした(乙第一四号証の一、二)。右判定書の理由で指摘するごとく次の四点の箇所の相違は、両舞輪の全体としての類似からみれば、目立たない点の差異又は微差に過ぎない。すなわち、
(1) 枠金の折れ曲つている部分が円孤状をしているか環状をしているかの差異
(2) 枠金の正面部と背面部をつないだ側面部分が直杆であるのと波型であるとの差異
(3) 直杆部に近い部分に長形板状を配してあるか否かの差異
(4) 締金具部分の差異
以上の差異等は全体としてみれば目立たない点の差異と認められるから、両者は全体として類似を免れない。
二、次に控訴人は、予備的に被控訴人が登録出願した意匠を知らないで控訴会社代表取締役小伊豆秀男が本件意匠を創作し、控訴人は小伊豆よりその創作を知得したから先使用による通常実施権を有する旨主張する。
いうまでもなく、一つの考案は、それが創作であつて他の模倣に因るものでない限り、必ず何らかの形の考案の経路、段階がなければならない。本件の舞輪においても、その多くの部分においてそれぞれの考案がなされ、それぞれの経路によつて成立したものである。従つて、本件の舞輪が現在の形をとるに至るまでは幾度かの工夫研究試作の跡なくして一時に出来上ることは絶対にあり得ない。かかる「考案の歩み」なくして一時に出来上つたというならば、それは同じ物による模倣と解するよりほかないものである。しかるに、小伊豆がその舞輪を製造したというについては、かかる考案の歩みは何ら存在せず、単に検甲第一号証の舞輪そのものを考案したというに過ぎない。
三、しかも、控訴人の舞輪(検甲第一号証)と被控訴人の舞輪(検乙第一号証)とを比較すると、両者は殆んど全く同一寸法である。本件舞輪においては、内輪と筒部のカシメ式結合が考案の重要な点となつているほか、スポークの型状、太さ、筒部、蝶ねじ等各部につき考案を重ねて製作され、その各部分の総合によつて成立しているのが本件舞輪の意匠である。ところが控訴人の舞輪は、右の筒部と内輪のカシメ部分の寸法に至るまで全く同一寸法であり、被控訴人の舞輪をそのまま模倣したとしか考えられない。
四、工業所有権についての先使用による通常実施権は、登録権利者にとりその権利に対する重要な制限となつている権利であつて、控訴人主張のごとき材料の注文とか、製造の事実のみを以て通常実施権を主張し得るとすれば、考案者の権利の保護は全く果されぬことになる。少くとも、「自ら考案した」とか「登録権利者との権利と無関係な第三者の考案によつた」というためには、登録権利者の考案と同じか又それ以上の「考案の歩み」なくしては認められない。もしそうでないとすれば、既に存在する登録権利者の考案は、出来上つた製品が極めて簡単であつて、その模倣は容易であり、かつ、その考案を自ら考えたとか、又は第三者の考案によつてヒントを得たというごとき抽象的主張を何時でもこれを作為し得るがためである。
五、以上要するに、控訴人には意匠法二九条所定の要件である、登録意匠である被控訴人の舞輪を知らずして小伊豆が自らその意匠を創作したとか、又はこれを知らないで創作した者から知得したという要件を欠くから、先使用による通常実施権は認められない。
(証拠関係)
<省略>
理由
一、被控訴人が昭和三六年七月二八日特許庁に対し原判決別紙第二目録表示の意匠登録出願をなし昭和三七年八月一一日登録番号第二一六六七一号の意匠権を有すること、控訴人が同第一目録表示の意匠の綛繰用舞輪を製造販売していることは当事者間に争いがない。
二、そこで控訴人の意匠が、被控訴人の登録意匠と類似するか否か、すなわち被控訴人の有する意匠権の権利範囲に属するか否かについて判断する。
(一) 被控訴人の有する登録意匠にかかる物品は、綛繰用舞輪であつて、その形状および模様は次のとおりである。
(a) 軸管の両端に円板型の軸承板(丸鍔と被蓋とからなる)を取りつけ、
(b) 針金で基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成し、この輪形部より先方(胸部)を片側へ斜めに屈折し、両突端を下方に折り曲げて直状の水平部を有する八本の枠杆(スポーク)を設け、これを前記軸承板の円周上に等間隔で傾斜して固定し、各枠杆の水平部上には紐を張架し、
(c) 軸管の外面中心には若干凹状の筋模様を、また、軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施し、
(d) 中央の軸棒には両端に突起のある止めねじを取りつけてなるものである。
(二) これに対し、控訴人の意匠にかかる物品もまた綛繰用舞輪であつて、その形状および模様は、
(a) 軸管の両端に円板型の軸承板(丸鍔と被蓋からなる)を取りつけ、
(b) 針金で基部に接近して小さい半円孤形部を屈曲形成し、この半円孤形部より先方(胸部)を片側へ斜めに屈折し、その先端を下方に折り曲げ中間の水平部を波型に屈曲した八本の枠杆を設け、これを軸承板の円周上に等間隔で若干右方へ傾斜して固定し、各枠杆の水平部上には紐を張架し、
(c) 軸管の中心には凹状の筋模様を、また、軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施し、かつ、軸承板の外側に小さい数個の膨出部を点々と設け、
(d) 中央の輪棒には両端に突起のある止めねじを取りつけてなるものである。
以上の各事実は当事者間に争いがない。
(三) そこで右両意匠の差異について考えるに、(イ)登録意匠が枠杆の基部に接近して小さな輪形部(ループ)を形成しているのに比し、控訴人の意匠は枠杆の基部に接近して半円孤形の屈折部を形成していること、(ロ)控訴人の意匠には軸承板の外面に小さい数個の膨出部を点々と模様状に施してあるが登録意匠にはこれがないことは当事者に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、第一四号証の一、二、検甲第一号証、検乙第一、第一二号証と原審における検証の結果、鑑定人園部祐夫、同宮武陽男の各鑑定結果並びに当審証人宮武陽男の証言を総合すると、次の事実が認められる。右両意匠は、その構成要素のうち、意匠にかかる指定物品(綛繰用舞輪)、外観的形状はいずれも同じであり、各部の寸法の比率も多少の差はあるが殆んど同じであつて、またその模様は、両者とも軸管の中心に凹状の筋模様を有し、軸承板の外側に軸孔を中心とする数条の円輪が模様状に施してあり、色彩の限定はなく、右両意匠の差異は、結局前記争いのない(イ)(ロ)点のほか(ハ)控訴人の方が枠杆先端の屈折部を左右両方に「く」の字型に彎曲していること、(二)登録意匠の枠杆が直状の水平部を有するに比し、枠杆の水平部に波型の屈折部を形成していることの四点に尽きる。
ところで、意匠とは物品の形状、模様もしくは色彩またはこれらの結合であつて、視覚を通じて人に美観を起こさせるものであり、意匠法は物品の外観を保護するものであるから、意匠の類似判断は、外観類似に重きをおき、視覚による全体的観察により総合判断されるべきであり、対比される意匠にかかる物品の一部が公知公用に属する場合でもこれを全体として観察し、特別に美観を起こさせる部分、すなわち普通一般人の目に触れ、看る者の注意をひき易い部分(これを要部という)以外の部分的差異、または意匠の要部等から容易に着想実施しうる程度の特別に顕著でない差異は、これを参酌する要はないと解するを相当とする。
これを本件についてみるに、前掲各証拠によると、被控訴人の有する登録意匠は、円板型の軸承板の外側に数条の円輪模様を施し、基部に接近して小さい輪形部を形成した枠杆(スポーク)の先方を斜め右側へ傾斜させ、両突端を下方にU字型に折り曲げた形状となし、この枠杆を軸承板の円周上に傾斜して固定してなる形状と模様の結合により構成された点に大きな特徴があり、とりわけ、枠杆の数、軸承板から出た枠杆の傾斜度、基部に輪形部をもつ八本の枠杆の相互関係、および被蓋を中心とした枠杆の角度関係から生ずる機構的な線配置の平衡的安定感に綛繰用舞輪としての外観上きわだつた審美的要素をもちこれを意匠の要部としていること、したがつて、前記のような(イ)ないし(ニ)の四点の相違、すなわち、枠杆の屈折部に輪形部をもつか半円孤形部をもつかの差異とか、軸承板の外面に小さい数個の膨出部をもつか否かの差異、また枠杆の水平部が直杆であるか波形であるかの差異、枠杆の先端屈折部を「く」の字状に彎曲してあるか否かの差異のごときは、いずれも看る者の注意をひくことの少ない部分に存する軽微な違いか、前記登録意匠の要部または先行刊行物の記載(当審鑑定人牛木理一の鑑定書添付の参考資料参照)から、特別の考案を要せずして容易に着想実施できる程度の微差であつて、本件各意匠の全体を通じて比較観察したとき両者はほとんど同一であり、その意匠要部は頗る酷似していることが認められる。前記認定の意匠要部と異つた要部を前提とする当審鑑定人牛木理一の鑑定結果および同鑑定証人の証言は前掲各証拠に対比してにわかに措信できない。なお、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一七号証、成立に争いのない甲第一八号証の一ないし七によると、本件意匠にかかる物品の通常の使用状態は、高速綛繰機に舞輪の軸を同一線上に平列させ各物品を密着装置させたうえ集合的に使用するものであつて、一般にその看易い部分は正面および側面(原判決添付図面の平面)であることが認められるが、仮りにこの場合、側面を構成している意匠が全体観察においてウエイトをもつとしても、控訴人の方の枠杆の水平部(糸掛部分)に波型が形成され、その左右先端において「く」の字型を彎曲しているがごとき点は、特にこれを看る者が登録意匠と比較対照して注意してみなければ判らない程度の軽微な違いであつて、登録意匠と異なる特別に顕著な差異とは認められない。
してみると、本件各意匠の外観を全体的に観察した場合、普通一般人をして控訴人の意匠が被控訴人の登録意匠と異なつた美観を起させるほど相違する点をもつものとはいえないから、両意匠は類似するものといわざるを得ない。したがつて、控訴人の意匠は被控訴人の意匠権の権利範囲に属することになるから、これが権利範囲に属しないことの確認を求める控訴人の主位的請求は、失当として棄却を免れない。
三、次に控訴人の予備的請求に対する判断は、当裁判所の審理によるも、次に付加するほか、原判決理由三項に説示するところと同一であるから、ここに右記載を引用する。
弁論の全趣旨により成立を認める甲第二四ないし第二六号証の記載および当審証人水野一夫、同鈴木恵の各証言は、未だもつて控訴会社代表取締役小伊豆秀男が被控訴人の登録出願にかかる意匠を知らないで本件意匠を創作したものとは認めがたいし、他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。むしろ、成立に争いのない乙第一一号証、原審証人向井茂三、同小伊豆脩平の各証言および原審における被控訴本人の供述よりすると、被控訴人は本件意匠の登録出願前昭和三六年四月六日、右意匠にかかる綛繰用自在舞輪の実用新案の出願をしたが、それ以前である昭和三四年夏頃より右舞輪の心棒のねじ切り加工を小伊豆製作所こと小伊豆脩平に注文していたこと、その後小伊豆脩平は右加工品を納品した際、被控訴人方より右舞輪を見本として持ち帰つたので、脩平の兄である控訴会社代表者小伊豆秀男は、その意匠を模倣して控訴会社をして前記類似の意匠にかかる舞輪の製造販売に着手したものと推認できる。
したがつて、控訴人が本件意匠権につき先使用による通常実施権を有する旨の予備的請求もまた失当であつて、排斥を免れない。
四、以上の次第で、当裁判所の判断と同趣旨に出た原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却すべきものとし、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤淳吉 宮本聖司 土田勇)
原審判決の主文、事実および理由
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、請求の趣旨として
(第一次請求)
一、別紙第一目録表示の意匠は第二一六、六七一号登録意匠の権利範囲に属しないことを確認する。
(第二次請求)
二、被告は、原告が別紙第一目録表示の意匠の製造販売について被告の有する意匠登録第二一六、六七一号の意匠権に対する先使用による通常実施権を有することを確認する。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求め、
請求の原因として
一、被告は、昭和三六年七月二八日、特許庁に対し別紙第二目録表示の意匠を創作したとして意匠登録出願をなし、同月二九日同庁において昭和三六年意匠登録願書第一三、七五四号として右願書を受理され、昭和三七年八月一一日登録番号第二一六、六七一号として登録せられた。
二、原告は、別紙第一目録表示の物品の製造販売をしている。
三、(一)(イ)意匠登録第二一六、六七一号の物品は「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様は
(a) 軸管の両端に円板型の軸承板(丸鍔と被蓋からなる)を取りつけ、
(b) 針金で基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成し、この輪形部より先方(胸部)を片側へ斜めに屈折し両突端を下方に折り曲げて直状の水平部を有する八本の枠杆を設け、これを前記軸承板の円周上に等間隔で傾斜して固定し、各枠杆の水平部上には紐を張架し、
(c) 軸管の外面中心には若干凹状の筋模様を、又、軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施し、
(d) 中央の軸棒には両端に突起のある止ねじを取りつけてなるものである。
(ロ) 別紙第一目録の物品は、「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様は
(a) 軸管の両端に円板型の軸承板(丸鍔と被蓋からなる)をとりつけ、
(b) 針金で基部に接近して小さい半円弧型部を屈曲形成し、右半円弧型部より先方(脚部)を片側へ斜めに屈折しその先端を下方に折り曲げ中間の水平部を波型に屈曲して設け、これを軸承板の円周上に等間隔で八本を若干右方へ傾斜して固定して各枠杆の水平部上には紐を張架し、
(c) 軸管の中心には凹状の筋模様を、又、軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施し、かつ、軸承板の外面に小さい数個の膨出部を点々と設け、
(d) 中央の軸棒には両端に突起のある止ねじを取りつけてなるものである。
(二) 右両意匠の差異は、別紙第一目録表示の意匠には、(イ)枠杆先端の屈折部を左右両方に「く」の字形に湾曲したこと、(ロ)登録意匠の枠杆が直状の水平部を有するに比し、枠杆の水平部に波型の屈折部を形成したこと、(ハ)登録意匠が枠杆の基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成しているに比し、枠杆の基部に接近して半円弧型の屈折部を形成したこと、(ニ)軸承板の外面に小い数個の膨出部を点々と模様状に施したことにある。
ところで、全体的に同傾向の意匠感をもつていて直感的には見分けられないということは、その全体に人の審美感に訴える意匠的個性がないということに通じ、このような意匠について部分的に違うところもあるが、全体としては相似しているという結論を出すということは誤りであつて、常套的意匠の細部的相違点を検討すべきである。
従つて、原告の意匠の特徴とするところは、枠杆に弾力性を付与するため枠杆の中間に半円弧上の湾曲部を設けたことにあるのであるから、右登録意匠の円型の持つ女性的繊弱、静止、柔和な印象と異なり、単純にして力強く躍動的であり、全体として軸承板の模様と相まつて重厚なる印象を与えるもので、両者は全体として観る場合の印象は全く異なる美的特性を持つものである。
よつて、別紙第一目録表示の意匠は意匠登録第二一六、六七一号の権利範囲に属しないものと言うべきである。
四、仮に、別紙第一目録表示の意匠が右登録意匠の権利範囲に属するとしても、左の理由により、原告はその実施している意匠及び事業の目的の範囲内において、その意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権を持つものである。
(一) 原告は、右意匠登録出願に係る意匠を知らないで別紙第一目録表示の意匠を創作した原告代表者小伊豆秀男から右創作を知得したものである。
(二)(イ) 綛繰用舞輪の製造販売をなすためには左の準備が必要である。
(a) 針金によつて作られる枠杆部分についてはプレス用「型」の製作及びプレス機械、針金の購入、針金加工要員の確保。
(b) 中央円筒部分(軸管)については軸管のプレス用「型」の製作、プレス加工組立業者の手配。
(c) 右円筒止ねじ部分についてはねじ製造用「型」及びその製造業者の確保。心棒。
(d) 枠杆、軸管、メツキ。
(e) 販売用段ボールケースの手配。
(f) 販売用パンフレツト、ポスター、シールの印刷。
(ロ) 原告は、昭和三五年暮頃から綛繰用舞輪の製作につき構想を練つていたが、昭和三六年一月頃より訴外岩瀬商店から枠杆部分の材料である針金を少量づつ購入し、曲げ加工の研究に着手した。原告が同商店から右針金を大量に購入しはじめたのは同年五月以降である。
(ハ) 原告は、昭和三六年一月訴外山口プレス工業株式会社に右枠杆の針金の曲げ加工に必要なプレス用の「型」の製作及びその「型」を用いた枠杆、軸管部分のプレス用の「型」及びその型を用いた軸管の製作を依頼し、右訴外会社は同年四月四日原告に右プレス用「型」を用いて製作せられた舞輪軸管一式五組を納品した。
なお、原告は同年一月訴外会社に右試作を依頼するにあたり手工によつて製作した枠杆を見本として交付した。
(ニ) 原告は、同年一月頃右訴外会社の外に訴外中島直助に枠杆部分の型の製作を依頼し、同訴外人は同年四月、右製作依頼にかかる四工程分の型のうち一個のみを完成させ原告に引渡し、同月初旬頃同訴外人の下請業者訴外稲葉清一に残余の製作を依頼し、同訴外人は同年五月ころ残余三個の型を完成せしめた。
(ホ) 原告は、訴外森田鋳造所に軸管の止めねじの製作を依頼し同年四月ころ、同訴外鋳造所より無輪約八〇個分に用いられるねじの納品を受け、さらに五月一八日右訴外鋳造所より舞輪五〇六個分に用いられる一、〇一二個のねじの納品を受けた。
(ヘ) かくして、原告は同年四月中旬別紙第一目録表示の舞輪の試作品を完成し、これが宣伝、販売に着手した。
よつて、被告が別紙第二目録表示の意匠を出願した昭和三六年七月二八日には、原告は既に量産を開始して在庫製品を持ち営業担当者によつて販売を開始していたものであるから、仮に本件意匠の権利範囲に属するものとしても先使用による通常実施権を有するものである。
五、被告は原告に対し昭和三六年八月以来数次にわたり、原告の本訴において確認を求める意匠が右登録意匠の範囲に属するとして製造販売の中止を求めこれを理由なしとして拒絶する原告との間において紛争が生じている。
よつて本訴に及んだ次第である。」と述べ
被告の主張事実を否認すると述べ
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁として、請求原因第一、第二、第三の(一)の(イ)(ロ)及び(二)の(ハ)(ニ)、第四の(二)の(イ)の事実を認め、その余の事実を否認すると述べ、なお請求原因第四の(一)の事実につき
「(イ)小伊豆秀男が別紙第一目録表示の意匠を案出する迄の着想、研究、改良については何らの苦心の跡も進歩の経過も見られない。
(ロ)小伊豆秀男は本件係争の舞輪の各部分を自ら案出したのではなく、他の製品の創作を見て知つたものであること。
(ハ)外蓋の厚み、胴の円筒部と内輪部との結合方式の案出等に苦心の跡が認められないこと。
これを要するに、考案の歩みのないところに創作は存在しないものである。」と述べ
被告の主張として
「原告の製造販売する別紙第一目録表示の物品の各部分は何れも登録意匠の意匠を構成する成分として現わされており、しかもその各部分の大いさの比率は殆んど同じで両者の間に差意点として特記しなければならぬ部分はなく、止めねじの形状までが殆んど同じである。
原告の主張する一部の附随的部分の相違は単なる意匠上の微差に過ぎず、この程度の変化は格別意匠の創作力を要するものとは考えられず、従つて登録意匠に類似する意匠の範囲に入るものと見るべきである。」と述べた。
証拠<省略>
理由
一、被告が昭和三六年七月二八日、特許庁に対し、別紙第二目録表示の意匠を創作したとして意匠登録出願をなし、同月二九日同庁において昭和三六年意匠登録願書第一三、七五四号として右願書を受理され、昭和三七年八月一一日登録番号第二一六、六七一号として登録せられたこと、原告が別紙第一目録表示の意匠の綛繰用舞輪を製造販売していることはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、別紙第一目録表示の意匠が、登録意匠に類似する意匠の範囲に入るかどうか、換言すれば、前者が後者の権利範囲に属するか否かにつき判断する。
意匠登録第二一六、六七一号の物品が「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様が請求原因第三の(一)(イ)のとおりであること、別紙第一目録表示の物品が「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様が右第三の(一)(ロ)のとおりであること。両意匠の差異は、「(a)登録意匠が枠杆の基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成しているに比し、別紙第一目録表示の意匠が枠杆の基部に接近して半円弧型の屈折部を形成していることと、(b)別紙第一目録表示の意匠が軸承板の外面に小さい数個の膨出部を点々と模様状に施していること」に存することはいずれも当事者間に争いがない。
成立に争いがない乙第一号証、検甲第一号証、検乙第一、第一二号証、検証の結果並びに鑑定人園部祐夫及び同宮武陽男の各鑑定の結果によれば、右両意匠の構成要素のうち、(イ)意匠に係る物品形状はいずれも同じで、(ハ)各部の大いさの比率も殆んど同じであり、又模様についても、両者とも軸管の中心には凹状の筋模様を、又軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施している点は共通であり、右両意匠の差異は前記(a)(b)のほか(c)登録意匠の枠杆が直状の水平部を有するに比し、別紙第一目録表示の意匠が枠杆の水平部に波型の屈折部を形成していることが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。
ところで意匠が類似するか否かの判断は、当該物品の外観を全体的に観察して看者の審美的若しくは趣味的感情に差異を生ずるか否かによりこれを決しなければならないから、登録意匠と対象物品の意匠との間にある程度の差異があつても、それが意匠の要部すなわち看者の注意を誘発する部分に存在しないか、または注意を誘発するに至らない程度であつて、その差異が看者に強い印象を与える支配的要素となつていない場合には、両者は類似すると解すべきであり、これと逆にその差異が意匠の要部に存し、両者の間に全体として顕著な差異があるとの印象を附与するにたりるものである場合には、両者は類似しないと解するのが相当である。
そこで前記(a)(b)(c)の差異が、意匠の要部に存し、その差異が看者に強い印象を与える支配的要素となつているか否かにつき考えるに、前掲記の各証拠によれば、登録意匠の特徴は、円板形の軸承板の外側に数条の円輪模様を施し、八本の枠杆をそれより先方を斜め右側へ傾斜させ両突端を下方に折り曲げた形状となしこの枠杆を軸承板の円周上に傾斜して固定してなる形状と模様の結合により構成された点にあつて、とりわけ(イ)枠杆の数(ロ)枠杆の被蓋(軸承板)からの突出角度、(ハ)八本の枠杆の相互関係、(ニ)被蓋を中心とした枠杆の角度関係から生ずる機構的な線配置の平衡的安定感に存するものであつて、前記(a)(b)(c)三点の部分は「舞輪」として全体より見たときに極めて部分的な差異にしか見られず、結局両者の意匠はその構成要部が酷似していると見られること、と同時に右(イ)乃至(ニ)に指摘した部分は該意匠を構成する美的感覚を惹起させるための基本的に重要な部分と見られることがそれぞれ認められ右認定を覆すにたりる証拠はない。
そうすると、右(a)(b)(c)三点は物品を通常の使用状態において対比観察した場合に直ちに感得される程度のものではなく、特に注意してみたときに(a)枠杆の基部に接近して輪形部と半円弧型の屈折部のいずれか(c)枠杆の水平部に波型が形成されているか否か(b)被蓋に小さい数個の膨出部が模様状に形成せられているか否か判明する程度のものであるから、その差異は看者に強い印象を与える支配的な要素となつていると認めることはできない。ひつきようするに、前記両意匠の外観を全体的に観察した場合看者の審美感に差異を生ずるものと言うことができないから両意匠は類似するものと言うべきである。
三、次に原告の予備的請求につき判断する。
綛繰用舞輪の製造販売をなすため請求原因第四の(二)(イ)に記載する準備が必要であることは当事者間に争いがない。
まず、原告は被告が別紙第二目録表示の意匠を出願した昭和三六年七月二八日には既に量産を開始して在庫品を持ち営業担当者によつて販売を開始した旨主張するのでこの点につき判断するに、証人石井正夫の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の一乃至六、同岩瀬正男の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の一乃至六、同家田進(第一回)の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三号の一、同稲葉清一の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四号証、同中島直助の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、同森田鉄三の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一乃至四、同服部秀樹の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第八号証の一乃至五、第九号証、第一一号証の一、二、右証人の証言、原告代表者尋問の結果によると原告は昭和三五年暮頃から綛繰用舞輪の製作を考えていたこと、昭和三六年一月頃より訴外岩瀬商店から枠杆部分の材料である針金を少量づつ購入し、そのころ訴外山口プレス工業株式会社に右枠杆の針金の曲げ加工に必要なプレス用の「型」の製作及びその「型」を用いた枠杆、軸管部分のプレス用の「型」及びその型を用いた軸管の製作を依頼し、右訴外会社は同年四月四日原告に右プレス用「型」を用いて製作せられた舞輪軸答一式五組を納品したこと、同月中旬別紙第一目録表示の舞輪の試作品を完成したこと、被告が別紙第二目録表示の意匠を出願した昭和三六年七月二八日には原告は既に右第一目録表示の物品の量産を開始して在庫製品を持ち、営業担当者によつて販売を開始していたこと、その他請求原因第四の(二)記載の事実が認められ右認定を覆すにたりる証拠はない。
次に原告は、右意匠登録出願に係る意匠を知らないで別紙目録表示の意匠を創作した原告代表者小伊豆秀男から右創作を知得した旨主張し、右主張に副う証人小伊豆脩平の証言及び原告代表者本人尋問の結果(第一、二回)は成立に争いのない検乙第三、第四号証、前掲検甲第一号証、検乙第一、第一二号証、証人浜口明、同向井茂三、同家田進(第二回)、同竹市平五の各証言、証人小伊豆脩平の証言の一部、被告本人尋問の結果に照らしてにわかに採用できず、ほかに右事実を認めるにたりる証拠はない。
そうすると、原告は本件意匠権に対する先使用による通常実施権を有しないものといわなければならない。
よつて、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(別紙)
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